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たとえ誰に否定されたって

カトゥーン時々アラシ

答えのような、そうでない結論に辿り着いた話。

 

さて、この件を経てからコンサートで生で彼のことを見て色々考えることもあったので自分の今の気持ちを書き残しておこうと思います。わたしがどう思おうと、今後どのようにしようと、誰にも何の影響もないため、どうでもいいと思われる方は読まないでほしいです。読んでおいて後で叩くのはナシでお願いします(ビビリ) 自分のための記事をネット上に公開することをお許し下さい。

ちなみにほんっとに長いし、誰の得にもならない上時間の無駄になる可能性があるので本当に暇でしにそうなときじゃなきゃまじで読まなくていいです。笑

コンサートのネタバレは一切ありません。

 

 

結論から言うと、「わからない」。

自分で「生で見てみてどう思うかで今度どうするかを決める」と宣言しておいてなんだが、例の件を経ての気持ちとコンサートを見ての気持ちを同じステージに上げて比較すること自体が大変難しかった。

わからない、の一言で済まされても困ると思うので少し掻い摘んでみる。

1. 癖

5人で同じ場所にいるとき・振りではなくダンスをしているときは担当を見る。それ以外のお手振りや5人バラバラに点在しているときは場所だけ把握しておいて一番近くのメンバーを見る。自分で決めたルールではないが、いつの間にかこうすることが癖になっていた。今回も無意識的にそうしている自分に何度もハッとした。5人で踊っているとき智くんだけを双眼鏡でじっと見つめながら、あ、今の動き好きなやつ…とか思っている時点でわたしの中でまだ智くん=担当という意識がある。しかし単に今までの慣習として行動しているだけなのかもしれない。このあたりが我ながら無意識にそうしているのか、正直な気持ちからそうした行動に出ていたのかよくわかっていない。

2. ソロ

ソロで場所自体を移動することはほぼないため、双眼鏡を彼に固定したまま、たまにモニターで表情を見るという目だけをひたすら忙しく動かしながらその一挙一動を凝視するのが定番になっている。(強火) ソロ曲中にペンライトなど振ったことがない。(強火) 何ならそのままかっこよさのあまり泣いているときさえあるし、たまに小さく「ヒッ」と声を上げる以外無言だし周りにも声出さないでと黙らせる。(強火) 今回もそれはほぼ同じだった。しかし感情として、かっこよさのあまり泣くなどという高まりは一瞬もなかった。かっこいい、と感じる暇がなかったといえばそれは事実だが感情としては終始「無」であった。曲は大好きなので、本人への気持ちが以前より落ちているからこそなのだろう。

3. 本人への気持ち

その本人への気持ちだが、コンサートを通して彼に否定的な想いはまるで生まれなかった。近くに来れば名前を呼んだ。かといって「やっぱり好き…!」とすべてを受け入れ手放しに応援しようと思えたかというとそれは出来なかった。嵐のメンバーの1人としてそこに存在している。歌を聴いて、ダンスやパフォーマンスを観てかっこいいなぁと思い、何か面白いことを言えば笑う。ただそれだけだった。これまで担当以外の4人へ向けてきたものとほとんど一緒である。

 

 

Mステ宮城ブラストの中継でなぜか泣いたことを思い出した。ハピネス音頭でまさかとは思うが、涙が流れた。変わらずに応援し続けてきたのになんでこんなことになってしまったんだろうという気持ちがとにかく強く悔しかった。彼がプライベートで何をしていようと、それが明るみにさえならなければわたしは今もこれまで通り智担として生活していた。それなのに。悪いのは写真を撮った記者でも掲載を許可した事務所でもネタ探しをしては自爆していた嵐ファンでもSNSで匂わせまくっていた彼女でもなく、わたしが大好きだった彼自身なのだ。

突然帰る家を失った。家自体はそこにあるが、中に入ることが出来なくなった。仕方なく最低限の生活が出来る小さな部屋を借りた。そこは意外と住み心地がよくて、もうここに腰を落ち着けてもいいかなと思うこともある。けど荷物はまだ前の家にある。家は今どうなっているんだろう。中に入りたい。でも入れない。

こんな気持ちのままもうすぐ2か月が経つ。

 

どうやらわたしは智担に戻りたかったのだ。これはコンサート後に得た感情である。しかしコンサートに入ったぐらいではそれは無理だった。わたしの指す「智担」というのは、例の事件が起きる前の「わたし」とイコールなので無理なのは当然なのだが。

恋愛体質のクズであることはもう受け入れた。ほんとどうしようもねえクズだな…、と自虐でも何でもなくナチュラルに代名詞にする程度にはネタにしているし、大阪のフリスタでどう出るかが楽しみですらある。例の件は受け入れることの出来ない大問題だと今でも思うが、冷静に「その程度の人間」であったことは認めた。問題は、あれを経て彼の中で反省があり今後何かが変わるのかどうかという点である。そしてそれは間違いなく期待出来ない。今まで「その程度の人間」でしかなかった人が、目に見えて仕事やファンが激減したり何らかの直接的な影響が出たわけでもないのにそれをバネに急成長出来るとは到底思えない。

 

嵐5人が好きなのは今でも変わらない。そして、嵐の中で一番好きなのは?と問われたら悩んだ挙句智くんと答えると思う、結局。「嵐の中で一番が智くんじゃないわたし」を知らないから。経緯が複雑なうえ他の言葉で表現するのが面倒なので、便宜上智担と名乗ることもあるかもしれない。となると、表面上わたしは今まで通り「智担」ということになるので自分以外から見たら何も変わらない。しかし今までの感情とは温度がまったく違う。なので、ポジションとしては「嵐担」でいいかな、という答えが浮かんだ。無担当とするとそれはそれで面倒そうなことがわかったので、1人だけ選べといわれたら智くんの名前を挙げようと思う。周りの人に、あいつは智担だと認識されていてもわざわざ否定しなくてもいいや、と思えるまでになった。これまで1人だけ頭1つ出て好きだったのが他4人と同じ高さに揃ったのだと思えば、わたし自身も納得がいくような気がする

車のナンバーは彼の誕生日だし、このブログやツイッターも含めIDというIDに3104が入っている。変えたくなることなんてあるはずがないと信じて疑っていなかったあの頃にはもう戻れないが、きっと変えたくないのだ。もはや意地である。こちらがそうこうしているうちに、智くんが中身から魅力のあるアイドルになってくれればいいなと思う。が、その0に近い期待値に賭けてこれからも堂々と智担を名乗れるほどの元気も若さもない。だからもう、普通の嵐ファンとして「箱推し」みたいななずるいポジションにそっと佇んでみようと思う。

 

わたしは「担当とは」という議題が苦手である。本来の意味をふまえると荷が重いから担当とは言えない・言いたくない、という意見をよく見るが、本来の意味も何もただのジャニヲタ用語だしそれ以上でもそれ以下でもないと思っている。上でも述べたが「そのグループの中で一番好きなメンバーはこの人です」が長くて面倒だから○○担と端的に使っているだけでその他に意味などない。なので今回も、担当とはこうあるべきでそれが出来ないから降りるべき、とかいう深い話ではなく、今後智くんを一番に応援していけるかどうか、ということだけである。智担を名乗る以上こうでなくてはならない、担当たるもの、などという小難しい話ではないことをお伝えしておきたい。よってわたしの中で「担当を降りる」ということは「嵐の中で1番を聞かれたときに智くんを挙げない」ということなので(便宜上ではあるが)それは当てはまらないことになる。

 

 

あースッキリ!!!!!(突然)

順序立てて書いていかないとわたしもよくわからなくなるので何だか遠回りな表現になってしまったし相変わらずの長文になってしまったけれど。

降りたい自分がいることに気付いたときは悩んだ。でも智くんとの日々を終わりにしたくない。(誰だよ) 結局降りたくない自分もいたから悩んだわけだけど。すっごく深く考えて考えて考えすぎて疲れて、もういいじゃんアイドルで誰を自分の一番にするかなんて他人にとっては心底どうでもいいことだし何なら自分にとってもそんな重要なことじゃないわめんどくさいから智でいいよハイハイ、てなることもあって、アレッ智でいいやってことは嫌いじゃないんだなぁと思うとまた深く考え込んで、の無限ループにハマっては体に不調が出て病院に通う日々だった。シルバーウィーク前から毎日のように同担と朝まで答えの出ないこの話を延々して、扁桃腺炎と膀胱炎を併発し1か月に2回発熱、気管支炎から咳喘息と診断されたときはもういよいよ笑った。文字通り病んでんな、と。あのクズちゃんどんな影響力だよ。

 

一番好きな人が担当だって言われたら前回の記事同様今も上田くん一択。それは変わらない。それぞれのグループから一番好きな人選んでって言われたら嵐からは智くんを挙げる。それも変わらない。って言いながら相葉くんがかっこよすぎるしぬって言うし翔くんビジュアル良すぎ写真買うとか言うし潤は何なの天然なの可愛いかよ末っ子めとか言うしにのは可愛い。もうそれでいい。もともと通常運転が嵐担だった。

ただ、前よりも智贔屓がなくなる。それだけ。

 

ってことで、いいかな… (わからない)